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長電話 / プロセスの”楽しさ”を感じること

長電話(ながでんわ)

同じ志(こころざし)を持っている美容師の仲間がいることは

切磋琢磨(せっさたくま)ができ、ありがたい存在

専門学生時代からの友人はなかなか会うことが少なくなってはいるものの、美容師を続けてる人、ハサミは持たずに違う職業に励んでいる人、SNSを通じて活躍している姿をたまに見かけると、「自分もがんばらないと」と背中を押してくれる存在が故郷にはたくさんいる

そんな中、アトリエがオープンしてから出逢った美容師仲間もいる。私はその美容師がつくるスタイルや世界観が好きで、どうしてもコンタクトがとりたくなった。そして数年前、思い切ってその美容師にSNSのDM(ダイレクトメッセージ)で声を掛けさせてもらった

それからの付き合いで、今もずっと仲良くさせてもらっている

定期的にアトリエでミーティングをしていたが、

お互いなかなかタイミングが合わずに断念することもしばしばある

そんな時は情報交換の為に、サクッと電話をする

ただ毎回サクッのつもりだがついつい盛り上がり、気が付いたら

これでもか!ってぐらい長時間になってしまう

こんな感じでw

(画像掲載許可済み)

仕事のこと、プライベートのこと、最近の出来事などほぼほぼ話している

そんな中、仕事の話にどうしても力が入る

個人でお店をしてることもあり、共感することが多々ありながら、そして昨今やはり話題は”AI”のことになった

「チャッピー」

今、チャッピーと聞いて何を思い浮かべたでしょうか?

ChatGPT(チャットジーピーティー)

AIを思い浮かんだという方、最先端の現代人です

もしワンコかニャンコの名前が真っ先に頭に思い浮かんだ方、

“チャッピー”という名の市民権は、決してAIには譲れない。ワンコとニャンコの為に脳が勝手に最優先してしまう生粋の昭和,平成初頭の人かもしれない

貴方はどちらだったでしょうか?

そう、私は間違いなく後者だ(ただチャッピーという名のペットを飼ったことは一度もないw)

.

AIというものが異次元に進んでいて、もう美容師の間でもかなり活用されていたり、ヘアスタイルの写真でさえ、生成AIされた写真を載っけてたりするのをどこかでみたことがある

そんな中あえてAI時代に考えたい課題がある

三つぐらい要素があるのですが

その中でこれだけは書きたいとおもいます

.

大前提として決してAI否定をしているわけではない

しかし何かしらのクリエイター(創造すること)を生業にしている方にとっては大切にしたいことがあると思う

それは、

【自分の頭で思考(しこう)して、物事をつくりあげたり、進めていくことへの”楽しさ”を感じること】

たまに会話の中で言われることだが

「美容師は手に職だから、さすがにAIに仕事を取られたりはしないですよね」という会話

私も、”今は” そうだと思う

しかし将来ヒトと全く同じ動きのロボットが誕生して、美容師ロボットが正確に美しくカットしてくれたら

その時それでも本当に職はなくならないと、言えるのだろうか

それを本気で思ったのは海外(確か中国)で造られたAIロボットが人間よりすごい動きのダンス(舞踊?)をしている映像を見た時だった

アクロバットな技を狂いなく、しかも集団でこなしていた。それをテレビか何かでみたとき、決してロボットがヘアカットする時代は夢物語ではないと思った

いやむしろもうたぶんやろうと思えば、可能なんだと思う

もしその時代が来た時、それでも”美容師にカットしてもらいたいと思われる価値”とは一体なんなのだろうか?

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話は少し変わっていくが、その反面 少し違う角度からの見方もしている

今現代はとても”正解”をすぐに求めてしまう。スマホひとつで”すぐに解決できる”といえば、まさにそうかもしれない

ひとつ私の例を書きたい

私はアトリエで摘んだ野草や花の名前をネットで調べず、あえてわざわざ母に尋ねることがある

「これってなんて名前の花だっけ?」

はっきり言って花の写真を撮ったらわかるアプリだってあるのに、それには頼らず、母に頼る

母がお花の名前に詳しいということもあるのだが

仮に母がチャッピーやアプリを使いこなして、私に答えを教えてくれていたとしても構わない

私がしたいことは

“人に頼ること”を大切にしたいと思っている

AIの方が早くて正確なのかもしれない

ただAIに頼った瞬間に

“母と私”の間にコミュニケーションのキャッチボールが一回だけ失われたことになる

そんなちっちゃなことと思いがちだが、親の心子知らず。というものだ

こんなことを書いていながらでも、親の前では遠慮なくスマホ触っているまだまだ未熟な自分もいる

たぶん我が子が大きくなった時に、もし自分の子どもたちが(友達の子も含めて)

目の前にいる私とキャッチボールをせずに、ずっと手のひらの箱の中のみから得る”答えだけ”を追っていたらどうだろうか

ちょっと前の私は、子どもの前でも平気でスマホを取り出してしまう癖があった

しかし今はどうしてもスマホを使用する時、子どもの前でちょっとだけ作業する時に

「ちょっとだけ作業するから待ってね」と一言だけ断りを入れるようにしている

この断りを入れることは、初対面や最近会った人との会話中だったら当たり前のように出来ることだけれど、慣れ親しめば親しんだ人ほどもうエンドレスにスマホと睨めっこしてることもある(私も例外ではないので人前でのスマホ使用はかなり意識している)

なぜスマホを無意識に触ってしまうのかは

アンデシュ・ハンセンの【スマホ脳】という超オススメの衝撃本があるので、特に子育て世代の方は、ぜひ一読していただきたい名著です

たぶんちょうど30代〜40代の世代の方は 幼少期や10代のあの多感な時期から、携帯やインターネットが始まった転換点

今の子どもたちはそれら(ネット社会)が、もともとなかったことを知らない世界にいる

そして私たち転換点世代なら一度でも薄っすらと こう思ったことがあるのではないでしょうか

「スマホもない昔の何も情報がない時ってなんか良かったよね」と

もちろん答えを急ぐ時や緊急な時なら、早いことに越したことはないし、助かっていることもあるかもしれない

しかしそれは

“本当の意味”で急ぐのか

“正解を急ぐこと”よりもまだまだ大切なものを見落としているような気がする

そしてさらに緊急であればあるほどに、最後の最後に頼れるのはやっぱり”人”なんだと思っている

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山頂の景色だけが(結果)すべてだったとしたら

なぜこんなにもそのゴールまでの道のりで

人生で忘れ難い景色やドラマに出逢えるのか

終着地点だけでは到底説明がつかない

それはちょっどSNSが盛り上がる前の

私が20代前半の頃に屋久島を一人で訪れた時に

ふわぁ〜っと心の中で思ったことでした

夫婦杉は仲良く手を繋いでる

この屋久島の旅は、たくさんのスーパーハプニングがありながら、ここでは語り尽くせないほど、全くの旅が無知な私に、島全体が包み込んでくれたような、そんな人情味溢れるエピソードがたくさんありました

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目指すのはもちろんゴールだけれど

ゴールにだけ楽しさや喜びがある。わけではない

その道中=プロセスの中には栄養素がある

言い方は荒く感じるが”無駄なこと”や”わざわざ”そして”寄り道”の中にこそ、人生を育む為の必須な栄養素がたくさんあるのではないでしょうか

身体をつくるのに必要不可欠な必須アミノ酸の如く、それらの栄養素にも同じように、こんな名前を名付けたい

【 ムダノミン酸, ワザワザン, ヨリミチアニン 】

パッとしない日や モヤモヤが溜まってきたら是非とも、これらの栄養素も補給することをオススメします

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今回も長文読んでいただき、ありがとうございます

前置きで「何かしらのクリエイター(創造すること)を生業にしている方」と述べましたが

本当のことを言うと、すべての生業(家事を含め)が考えながら仕事をしているので、みんなクリエイターだと思っています

毎回内容が同じように感じてしまい、なんだか申し訳ないと思っていたり、何が言いたかったのか迷宮入りしてしまいます

さいきん長電話はしましたか?

それが言いたかったですw

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まだまだ暑いです 大きな災害で 心がくるしくなることもありますが おおいたも揺れましたので こちらも備えを忘れずに生活をしていきましょう

では今日はこの辺で

熊本に平穏な1日が戻りますように

2026,8.8

KUYASHISA.2026

おはようございます

ジメジメが少しずつカラッとした季節になろうとしております (が、今現在7月4日の朝は大雨です)こちらおおいた県おおいた市です(修正:やはりジメジメ続いてます)

いかがお過ごしでしょうか

サッカーワールドカップ2026 にわかなワタシですがやっぱ負けると悔しいです

悔しいといえばなのですが、最近とある出来事がありました

私事ごとで恐縮なのですが、息子が今年の5月から習い事を始めました(身体を動かす系)

体験入学という形で申し込み、一番最初に教室に入る時、ドキドキと緊張と不安が入り混じっていたのを息子の背中から感じていました。

そして先日ちょうど1ヶ月たった頃に、私もその練習を見学させてもらっていた時、その出来事が突然、目の前で起こります。

そのクラスには上級生が数人在籍しており、最年少は息子だけ。みんなずっと前から習っているので当たり前ですが上手です。

皆で並び練習をしていた時に、息子だけ上手にできないムーブ(技)があり、それが悔しくて彼は座ったままその場でうずくまり泣いてしまった。

はじめたばかりだから、できなくて当然だと思いながらも、ここは気合いで乗り越えてほしいと私は応援を込めて視線を送ろうと思ったほぼ同時に、彼が泣いてるのを一瞬で察知した上級生たちが、自分たちのムーブを中断し、かけ寄ってきてくれて「大丈夫だよ」と肩を組んでくれたり、背中をさすってくれたりして励ましてくれた。

私はその光景に思わず目頭が熱くなってしまい、ギリギリのところでプチ涙腺崩壊は回避したものの、とてもグッとくるものがあった

“習い事”というのはどんなジャンルでもそうだが、そこには”習うこと以外”にも大切な要素がたくさん詰まっている環境だと思っている

習うことに対してのその技術の上達以外にも、

“挑戦を恐れないことへの行動力”や

“成功するまでやり続ける忍耐力”

そして何より

今回早くも一ヶ月で感じとれた”チームワーク”

良いコミュニティが持つ、ピンチの時に手を差し伸べる優しいさに触れられたこと

良いチームワークでないとなかなか味わえない

もうその瞬間、上級生のみんなにマジでありがとうを込めて握手して回ろうかと思ったけれど、そこは大人として冷静になり、こちらも回避させてもらった。

その日の練習の帰り道、息子に”悔しさ”をポジティブに変えるある魔法の言葉をおくったことはこのブログの最後に綴ります

今日はこの”悔しさ”について書きたいと思います

〜〜〜

思えば私も幼稚園から運良く剣道を習わせてもらい、例によってたくさん悔しい思いばかりしていた

ただ一年生の時、初めての剣道大会で優勝して以来、2年生から5年生ぐらいまでは、なんとなく剣道をやってた感じなので、正確に言うと負けても”悔しい”という感情はそれほどなかった。

2年から5年生の時は毎回の試合で負けても、特に悔しくなく、むしろ早く負けた方が自由時間ができるので会場でゆっくりできると、そんなのほほんとしていた。どの競技でもそうだと思うが、”悔しい”という感情がないものだから、結果的に強くならない。

しかし、事態は一変する。

5年生の終わり頃、一つ年上の学年のA氏の試合を見た時に衝撃を受けてしまった。小学6年生なのに、6年生の動きではなく、もはやどうみても大人の太刀捌きだった。純粋に”カッコイイ”と思えたのだ

私はすぐさま”あの人みたく強くなりたい”と思い、竹刀を今一度、握り直した

週2,3回の道場がない日は、庭で素振り100本以上、近所の神社の石の階段を往復する修行。父が造ってくれたお手製の打ち込み台を庭に設置して技を磨いた。スマホなんてなかった時代なので、ビデオカメラにビデオテープを入れて、必死に強い人の試合を撮りまくり(親に撮ってもらう)テープが擦り切れるまで、技の研究をして、最後の方では遠方の道場を掛け持って通っていた。一番大変なのは間違いなく親だと今になってわかるのは言うまでもないが、(いや言うまでもある!ここで感謝を伝えたい。父と母、ありがとう)ひとつ上の兄も剣道をしていたことでさらに切磋琢磨できる環境があった。

負けても前に進む。悔しさをバネにしてという決まり文句があったが、まさにそのままバネにして進んでいた。とても勢いが出ていた中学2年の終わりから一変して、人生で初めて”スランプ”という壁に直面した時期。思うように身体が動かなく悔しさも倍増する

勝てる相手にすらなかなか勝てずに、まさに蜘蛛の糸に絡まって もがけばもがくほど、そこから抜け出すことができず、苦悩していたのをしっかり覚えている

そして中学時代、チームのキャプテンとして最終目標にしていた県大会1位、全国大会出場は残念ながら叶わなかった。私がいた大分市の東部地区にはどうしても敵わない二人の猛者がいた。

A君とH君

彼らは東部地区で1,2位、九州大会で1,2位の実力

全中でもその実力で大分が誇れる成績を残していた

全中が終わり全ての夢が終わった。が後日

実は私にとってのドラマのような出来事があった

20世紀末,1999年

それは道場連盟が開催している大きな大会(大会名を失念してしまいました)

※大会名の情報提供もらいました。佐賀県で開催の【大麻旗争奪剣道大会】です

全中を終えたら中学としては試合に出ることはもうない中、高校でも剣道をする予定だった為、道場にはずっと通い詰めていた。

そして道場を掛け持ちしていた私は、当時の大分で中学最強が集まる道場チームの団体戦メンバーとして試合に出場することになった。先鋒K君,次鋒S君,中堅が私,副将I君,大将があのH君だ。自分でいうのもとても恐縮だが大分ドリームチームだ

その当時の全中団体一位は佐賀県三瀬中学校

全中個人一位の優勝者T選手も先鋒で三瀬中学校にいる しかも昨年から団体戦2連覇 要するに敵ナシの最強中の最強だ

全国制覇を果たしたてホヤホヤの三瀬中学校も、その大会にフルメンバーで出場していた

私たちの大分チームは順調に勝ち進んで、ベスト16かベスト8を決める時にその三瀬中学校と対戦になった

“三瀬に勝ったら全国一位に勝ったということになる” 絶対に勝ちたい、皆がひとつの想いだった

私は中堅を任されていた

剣道の団体戦は先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の5人が戦い、1試合3分,先に2本取った方の勝ち、もしくは一本勝ち、制限時間で引き分けの3種類。その中で先に勝ち星を早く上げた方が勝利という流れだ(剣道の知らない方ごめんなさい)

そして1試合3分間の戦いがはじまる

先鋒,次鋒の試合が終わり、

中堅の僕の試合になった

相手は三瀬のキャプテンT選手 背丈も高く 技も早い

スラムダンクの最強山王戦でいうところの僕が赤木ゴリで、T選手が河田兄というところだ(ゴリみたいに男らしくないところはここではふせておこう)

剣道では”長短一味”という言葉がある

簡単にいうと長いものも短いものもハンデなんてない 同じだ。というそういうニュアンスだ

しかし開始早々先に一本取られてしまう

この状態は要するに中堅が私が負けたら、もうそこで試合終了な状態。剣道してる人ならわかるだろう、この崖っぷち感

しかしそこからラスト2分間、次に繋げないといけない。ぜったい諦めなかったぼくはラスト数秒で胴一本取り返した

なんとか引き分けに持ち込み、副将へ繋げる

そして副将が大将のH君に繋げ、大将で見事に勝ちこの時点で同点、(この場合チームの代表者がもう一度試合をする)代表戦まで持ち込み、大将H君が逆転勝ちをしてくれた

皆で勝利を喜んだ

しかしその三瀬中学校の試合で力を使い放した僕たちは

その大会で優勝することは出来ず

次の試合で負けてしまった

まるで山王戦の後の湘北高校のように

こんなドラマみたいなことが現実にあった

あまりにも古い情報でネットで拾えませんでしたが

少しだけありました。ここの年です。

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Wikipediaさんありがとう‼︎

スラムダンクの山王戦を観ると思わず熱くなる理由は、過去の出来事がフラッシュバックするからなのかもしれない

“悔しさ”が人を成長させる

そこを乗り越えて、チームを信じ、さいごの最後まで諦めず

“本気でやり続けること” が時として

ぜったい不可能な事象だとしても

ひっくり返すことが出来るんだ。という話

〜〜〜

「挑戦を続けること。今日”悔しい”と思えたその瞬間こそ一番成長している証拠なんだよ。」とそれが息子にかけた魔法の言葉です。

彼はその瞬間、少し自信がついたように胸を張り、目をキラキラさせながら夜の街を、風をきるように歩き、帰路を楽しんでいるようにみえました。

大人になってからだと、もうあの”悔しさ”は体験できない

今になって思うと”悔しさ”とは財産だったのかもしれません

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今回も長文読んでいただき、ありがとうございます

他にも子どもがポジティブになれる魔法の言葉シリーズがあります

オススメの魔法の言葉があれば是非とも教えていただけると嬉しいです

そして私も悔しさを見つける旅にまた出たいと思います。子どもたちには負けられない。人としてまだまだ成長したいものです

そうそう

そしてもうすぐあのプロジェクト 近々実験的にスタートしようと思っております

未完成でも夏休みまでには強行突破します

詳細は後日ご報告します

お楽しみに

メディア掲載 / HAIR MODE 様にて

メディア掲載

HAIR MODE inc. 様より

『2026年7号/美容と経営プラン』

アトリエblog 【 8th anniversary 】から一部を
“PERSON / ヒトの話 リレーコラム2″にて掲載していただきました


いつも読んでいただいてる方に感謝です

本はアトリエに置いておりますので
お気軽にお声掛けくださいませ

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「 ヘアモード社 様,古田さん,今回もありがとうございました 」

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HAIR MODE Inc.

“アトリエの花いけ”のこと

暦の上では夏ですね

いかがお過ごしでしょうか

立夏の5月5日から徐々に気温が夏らしく

「あぁ、またあのHOTな夏がくるのか汗」と

思いながらアトリエも夏の準備をしています

さてさて

5月前半のアトリエの花いけ

こちらのジャーマンアイリスでした

摘んでいる時に思ったことがあるのですが

同じ場所に咲いてるのにすべて表情が違うんです

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昔むかしは何も考えず摘んでいた頃もあったのですが

アトリエのオープン当初の頃

祖母からお花のいける時の心得みたいなものを

助言されたことがありました

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「ハサミで摘んでるときに(花を切る前に)お花に一声かけてあげること」

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私が黙ってもくもくと摘んでいた時に まだ元気だった祖母が横から声を掛けてくれた

それは短い言葉でした

「はーーーい」とこんな具合で

聞いてるのか聞いてないのか、長めの返事をする孫を横目に

「かいくん、ちゃんとばあちゃんの話聞いちょんのなぁ?」と、大分弁でそうハッキリと言わなくとも

なんか今にも聞こえてきそうな気配を感じながら

毎回私の長めの “はーーーい” には

ついつい口をはさみたくなるような、そんな苦笑いの表情を浮かべていた祖母でした

.

今ではその時に祖母からもらった何気ない一言は

私の人生の中で教訓のひとつとして生きています

.

特に花いけのことをしっかり教えられたわけではありませんが

日常の何気ない会話の中に”宝物のように大切にしたい言葉”なんていうものが ふと転がっていたりします

こういう仕事柄でありましょうか

人との会話する場面がある方なので そういう宝物は

意外と身近な人から受け取ることが多い傾向にあります

家族や友人,お客様だったり,時にはカフェや電車やバス, 袖が触れ合う距離感の中だからこそ、発見(受け取る)できる何かがあります

.

おっと失礼、また脱線してしまいそうです

.

「花いけが上手になることよりも

もっと大切なことは それよりまだ手前にあるんだよ」と祖母に言われたような気がしました

.

祖母からもらった宝物を 自分の中で咀嚼(そしゃく)して

うまくアウトプット(花いけ)出来たら良いなぁ。

そんな想いでアトリエの花いけをしております

(祖母も苦笑いから解放されるはずですw)

今回も長文読んでいただき ありがとうございます

皆さんは最近もらった”宝物のような言葉”はありますでしょうか

実は身近にあるかもしれないので ぜひキャッチしてみてくださいね

冒頭のアトリエ夏の準備の件ですが

とりあえず5月後半戦から

例のあの激冷えシャンプーを解禁します

クールダウンしたい方はぜひお声がけください

ほんとに梅雨は来るんでしょうかね

じとじとな季節になりますが

気分はシャキーーーンで行きたいと思います

体調崩されないよう

どうぞご自愛くださいませ

8th anniversary

お陰様で 本日4月10日でatelier334は8周年を迎えることができました

アトリエに来ていただいている お一人おひとりに

この場をお借りして 感謝申し上げます


ここ最近 過去の出来事を 少し振り返ってみようと思って

非公開の過去ブログとか デジタルタトゥーw なんていうのもいろいろ掘ってみると
少し恥ずかしいけれど

「そんなことを考えていたんだなぁ〜」と

昔の自分から教わる(思い出す)ことも多々あります

ちょうど桜の時期なので 今回は2015年に公開してる懐かしい過去ブログを


こちらから飛べます ↓↓↓

失敗したら悔しくて

何度もチャレンジして

でも たぶんその時が一番 成長してる

だけど逆に

「今日はよく出来た!」と思った1日こそ

足元をしっかり見ないといけない

この時のブログは そんなこともひとつ思いながら書いたような記憶があります

「とりあえず桜ってやっぱキレイだなぁ〜、好きだなぁ〜」って伝わってきますw

話が急に変わりますが

最近とある美容師さんのYouTubeチャンネルを観るのですが

その美容師さんがカットしている姿を観ているだけで 楽しくなる

だけどもう少し自分を俯瞰して 分析してみると

僕自身 その方がカットしてる姿が楽しいというよりは

“ヘアスタイルの形がカットによって

変化していくのが楽しい”

ひとつのヘアスタイルが出来上がって行く

“そのプロセスが純粋に楽しい”

ものすごく当たり前のことを 当たり前に言っているだけに聞こえてしまうかもしれません

『ヘアカット』という技術は

美容師にとっては本当にごく日常の行動

【 ハサミを持ち カットさせていただいてること 】

いつもの日常や よく見る風景 いつも会う人

そのどれもが ついつい当たり前だと感じてしまい

錯覚してしまうことがある

それ故に 意識しなければ

軽い出来事のように考えがちになってしまう

たまに熱くなって 語ってしまうんですが

「ハサミを持たせてもらっていることは

決して当たり前じゃない」

熱くなり過ぎてこのセリフ聞いてしまった方

ごめんなさい焦

つい熱くなりがちです

ですが毎年 ココ原点に立ち返ります

アトリエの最初に掲げていたモットー

〜 楽しくなること 美しくなること 〜

9年目のアトリエ

初心を忘れずに “美容の業”を これからも

真摯に向き合っていきたいと思っています

これからもどうぞよろしくお願い致します

いつも見る大好きな日常の風景も添えておきます

感謝を込めて

店主

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商品のみご購入も可能です
お気軽にお声がけくださいませ

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@atelier334

髪の乾かし方について

過去blogシリーズです

2015年2月27日書いたblog

“髪の乾かし方について”の再投稿です

〜〜〜

さて、本日は少し美容師っぽいお話になります

“髪の乾かし方について”です

お家で乾かしている時、『乾かし過ぎて毛先がパサパサになった』 という経験がある方は少なくないと思います

これは髪の水分量が少なくなってしまった状態で ”オーバードライ” と言います

毛髪内部の間充物質が流失したため 適度なツヤがなくなり 白っぽくなって パサついてしまう

オーバードライの原因は、、、

※頭の球体と考えて 適切なドライヤーの角度で乾かされていないため 風が頭全体でなく 一部分にしか当たっていない

※髪の乾きにくい部分 ネープ(えりあし) 耳まわりから乾かし始めていない

※髪の根元ではなく 毛先からドライを始める

そしてここからは乾かし方のコツです

まずしっかりタオルで頭皮と髪の水分をとります

洗い流さないトリートメントを髪の中間〜毛先につけムラがないようにしっかりつけます

次に 根元から乾かします このときどうしても風は毛先に当たってしまいがちになるので ドライヤーの角度をしっかり意識して根元を乾かしてください

そうこうしているうちに だんだん中間部分も勝手に乾いてきます 根元が8割ぐらい乾いたら徐々に風を中間〜毛先に移動してください

この時のポイントですが 自分の指をコーム(くし)と思ってください そして風と同じ方向で 髪を整列させるように優しく指を通してください

上から下へ 後ろから前へ  「ツヤツヤになって~」っと気持ちを込めながら イメージしてください

そして全体が8割ぐらい乾いたら 今度は髪を指で挟んでテンションをかけ(引っ張りをかける)しっかり毛先まで指を通します

この時 髪の中間部分で指を抜かず しっかり最後までテンションをかけてあげると毛先までキレイにおさまりツヤも出ます

最後まで 毛先までです

キレイなツヤは、髪のキューティクルが整った状態になると、光が当たって反射したときにきれいなツヤを出せるようになります

そのためにはドライヤーの熱を根元から毛先に向かって当てていきます

こうすることで均一に熱が当たり、キューティクルが重なり合って倒れていくので整った状態にすることができます

以上が基本的な乾かし方になります

ここまで出来たらもう大丈夫です

注意点としては テンションを痛いぐらいかけ過ぎないでください

あくまでも やさしくです

ぜひ、これを見ながら家族で乾かし合ってみてください

キレイに出来ると 髪を乾かすのが楽しくなっていきます

以上

2025年,さいごのブログ

2025年

さいごのブログ

師走の大阪は梅田

ある方とのお約束があり その目的の為

お昼過ぎから ある場所へ ぼくは向かった

昼下がりの阪急電車は人が多く

西宮北口から座れないまま 終点の梅田に到着した

久々の大都会は相変わらず目がまわるほど

人々の歩く速度に圧倒されてしまう

その速度のまま 人と人との交差の連続で

その交差で発生する一瞬の風圧で マジで何か発電できるんじゃないかと思うくらい

2025年クリスマス前の梅田は 季節の賑わいでごった返していた

とくに阪急うめだ本店のあのショーウィンドーは 毎回通るたびに 街を急ぐ人の心を ふと立ち止まらせてくれる

僕も例によってその一人で 人知れずワクワクを隠せなく 歩く人の迷惑にならないように

スピードを落として 楽しみながら目的地まで進んでいった

そして目的地まで向かう前のこと

いつでもスマホで捕まえることができるこの時代に その方と”待ち合わせ”をしたんだ

“待ち合わせ”なんて もういつぶりだろうと思うほど ぼくはその方が伝えてくれていた と思われる場所へ

「あそこで間違いないはずだ‼︎」と少し意気込みながら足を急がせて向かっていた

その方は伝えてくれたドンピシャの場所に立っていて 僕はバレないように思わず笑みを溢した

そのまま共に目的地まで行き 目的を果たし

嬉しさと同時になぜか不思議とホッとした感情に包まれて 都会の街の賑わいの中に僕たちも溶けていった

アラフォーあたりから上の皆さんなら

「わかるわかる〜」と共感してもらえるだろうと思うことがある

ここアラフォーという地点から”昔の記憶”というものが少しずつ曖昧になってくる

そんなお年頃に差し掛かっていると実感できる中継地点

断っておきたいのだが

決してそれはネガティブなことというわけではない

20歳の頃がもう20年も前だからウソみたいだけど

ちょいちょい記憶が飛んでいたりする

もしかしたら前にもそんなブログを書いたような気もしなくもない

昔のことを知ってる友人と地元で会うと

笑いながら 時折”答え合わせ”をする

「あぁ、そんなことあったなぁ」と話したり

そして街の景色だって当然変わっていたりするから

「ここ前なんやったっけ?」「あっ、アレだアレだ‼︎」なんて思うこともしばしばある

でもどうやらそうやって記憶がパンクしないように 脳が勝手に忘れてもいいことを判断しているらしいんです

勝手にどんどん削除してくれている

脳とはすごい機能を持っているものだ

だから全部覚えているのは不可能だということ

でもそれと同時に

決して”削除されない出来事”というのもある

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ちょうど10年前にその方と梅田で会っていて

その時も同じ様な笑顔でお話をしてくれていた

ぼくはその笑顔にホッとして あえていろいろな”答え合わせ”をしなかった

その理由は 10年後にこうやって会って

楽しく話せてるってことが 実はもうすでに

答えになっていると思えたんだ

わすれがたい

嬉しい一日になっていたんだ

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2025年 いかがでしたでしょうか?

僕にとっては終盤に特別な年にできたと同時に

つらいこともたくさんある年だった

しかし

それでも乗り越えていける

これもまた誰かのお言葉を拝借して

ここで言っておきたいセリフがある

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「にこにこしてるんだよ いつも楽しそうに。

そしたらほんとにしあわせになれる。」

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それはあの国民的キャラの漫画の一コマだった

楽しい時はもちろんのことだけど

ピンチな時こそ にこにこするんだと

そうすれば必ず良い方向へ繋がる

ピンチはチャンスだ!と自分に言い聞かせ

2026年もより良い年にしていきたいと思っております

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今回も長文 読んでいただきありがとうございます

しっかり寒さも強くなってくる季節

体調崩されないよう

ご自愛ください

2025年12月末

店主

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20251230

@旧平賀邸

「blogを更新してよ」と言われたので

ちょっと恥ずかしいのですが

今回は過去のアーカイブ

非公開blogから

“懐かシリーズ”を引っ張り出しました

『2015年3月21日のブログ』

@旧平賀邸

kicaさんの古道具たちも出ていた

あの映画

“繕い裁つ人”

3.17

その撮影地へ

まずは

能勢電鉄 山下駅

その道中

歩くこと15分、到着

川西市郷土館内の

“旧平賀邸”

  

昔のデッカイブレーカー

あの部屋へ

  

  映画監督 / 三島有紀子さんの言葉

撮影で、高校生の子が持っていたカバン

あのシーン

 

 

  

白い窓

二階には

マッサンとエリーのサインも

“マッサン”で

少しだけロケで使われていました。

以下 資料より

~ 旧平賀邸 ~

[国登録文化財]

旧平賀邸は、平賀義美博士が大正七年猪名川沿いの川西市小戸に建設した、イギリスの田園住宅の形式を極めて良く遵守した住宅。

平賀博士は、安政4年(1857)福岡県に生まれ、東京帝国大学を卒業した後、関西財界の振興に尽力され、多くの公職及び財界団体の要職につかれていました。

イギリス等欧米に外遊7回を重ねられ、このことが平賀邸の建築意匠に反映されることになります。

外壁は小石の洗い出しで、基礎はみかげ石積み。洋小屋スレート葺きの屋根のかかった平屋の建物です。

外観は出窓と煙突がアクセントとなっています。内部は、客間・書斎・寝室等の部屋が配られ、出窓・暖炉が付けられ、イギリス流の形式を忠実に守っています。

その他、博士が化学者であったことから実験研究棟と旧邸内にあった東屋・門・橋・胸像なども移設し、復元しました。

大正期の住宅の典型として、日本の近代建築史上重要な建物といえます。

声が聞こえてきそうな

ステキな場所でした

そして

資料とか

ガイドマップには

決して載らないところ

裏の奥の

そのまた奥の場所とかが

どうしても気になってしまうのが

弟の性なのかもしれません

苦楽園の古道具たちはこちらから

kica

以上

梅田ロフト、というところ。

毎日暑過ぎますが、いかがお過ごしでしょうか?

今年から社会人になり実家を出た方にとっては、

3月,4月の引っ越しシーズンが終わり、初めての一人暮らしがスタートし、新生活も少しずつ慣れてきたのではないでしょうか。

子育てする年齢が早かった方だと、すでに私世代のパパさんママさんでも

「やっと子育て落ち着いた」とか「ついに独り立ちするわ」と話を聞くこともチラホラとあります。ホントに子どもの成長って早いものです。

親心としては、例えば実家を出る我が子が、身内が一人もいない土地に一人暮らしをするとなると、やはり気にならないわけはない。私もそんなことを今から想像しただけでも、なんだか気が気でなく、いろいろ考えてしまうんだろうと思ってしまいます。

ちゃんとご飯食べてるかな、とか。

洗濯物とか部屋の掃除出来るんかな、とか。

新しい恋人と仲良くしてるんかな、とか。(えっ、待って‼︎何人目の彼氏(彼女)なん?)

しかし、家を出た当の本人は

そんな親の心配をよそに、四苦八苦しながらも成長していて、案外楽しんでいたりと。

むしろ、「やっと一人になれたぁ〜。」なんてお気楽に思ってたりする強者もいるようです。

さてさて、しかしです。

家を出てからの方が実は学べることがたくさんあります。正確にいうと気付くことがあります。

(経験談として)

初めての一人暮らしで、実家に居た時とは決定的な違い。それは、

朝晩、ご飯が出来ていたり、

洗濯物が自動的に洗っていたり、

部屋がキレイに保っていたり、と。

家を出た途端に、”家事という仕事がある”ということを肌で実感することになる。

頭では理解していても”実際どんなものなのか”というのは実家を離れ、自分でやっていく中で初めてその有り難みを感じたり、

毎日毎日、朝早くから朝食を作ってくれることだけでも、母親(もしくは父親)の凄さを感じることができる。

今の自分自身に置き換えてみても、”家事という仕事”をちゃんと出来ているのか?と問われると、まだまだ胸を張ることはできないだろう。

しかしそうだとしてもまず自分なりにやってみることで”両親への感謝とリスペクト”を改めて実感出来ることこそが、

“一人暮らしをする”ということの、

“最初にして最大の収穫の一つ”なのではないでしょうか。

〜〜〜

2006年頃。もう20年近くも前のこと。

大分から関西に出てきた私にとっては、大阪や神戸という都会は、決して大袈裟ではなく、歩くだけでもちょっと怖くて、怖いのがバレないように胸を張って歩いていた記憶がある。

梅田のあの横断歩道を歩けば、大分では感じたことのない人の多さに、人とすれ違う時、乗り物酔いすらも無縁の私だったのに、生まれて初めて”人混みに酔う”ことも経験させてもらった。

そんなことをふと思い出しながら、先日懐かしい場所へ行ってきました。

大阪は梅田にある”梅田ロフト”

当時、右も左もわからないまま、とりあえず家具を揃える為に住んでいた夙川から阪急電車(まだ夙川に特急が停まらなかった時)に乗り、大阪は梅田にある”梅田ロフト”というところへ行った。

ご存知の通り、もうなんでもある(あった)場所。

そして大袈裟に家具といってみたものの、20代男の一人暮らし部屋なんて狭いもので、ベッドを置くだけでもうほぼ完成されてしまう。

それでも自分で自分の空間を一からつくれることが楽しかった。その結果、梅田ロフトで選んだのは、オレンジ色のソファーベッドにした記憶がある。

あとIH対応の笛吹きヤカンも買った。

そして今だから時効なので言えるが、その笛吹きヤカンである事件が起こった。

通称,梅田ロフト”ブラック”笛吹きヤカン事件

あの頃、勤めていた美容室の営業時間は表向きは10時から20時まで。ただアシスタントの私たちは鍵当番というものがあり、早くお店を開け準備をしておかないといけない。そして営業が終了の20時、もしくは21時からスタートするカリキュラムのレッスンにと。実質は朝8時から夜中3時までという就業時間。これが毎日だ。

だから家に帰ってくる時間はほぼ毎日午前3時過ぎだった。(たまに夜中12時前に仕事が終わることがあるのだが、その時はめちゃくちゃ最高で、同期5人でとりまさかラーメン太郎に行き、よくミーティングをした)

そして今考えたらこの笛吹きヤカン事件はサイコスリラー映画ばりにゾッとする出来事なのだが、帰宅後に麦茶を作る為に、丑三つ時過ぎからヤカンにお水を入れ火にかけた。

「若いから気合いで行けるっしょ。」みたいな感じで毎日過ごしていたものの、なぜかその日はあまりにも疲れていた。ふいにふとまばたきを一回したつもりだった。が、しかし、

そのまばたきは、実に重く、なが〜いものとなってしまったのだ。

気付いたらいつも起きる時間の朝の7時だった。

私は目を覚まし、瞼(まぶた)を開けたのとほぼ同時ぐらいに、笛吹きヤカンで麦茶を沸かしていたことを思い出し、例のソファーベッドから文字通り飛び起きた。

部屋の狭さ故、ソファーベッドから右を向いた方向に火をつけていたキッチンとヤカンが見える構造の間取り。

そこに目を向けた瞬間、私は血の気が引いた。

つけっぱなしのIHクッキングヒーターの上で、お水を入れて沸かしていたとてもツヤツヤでキレイな笛吹きヤカン。いや愛着もめっちゃあったから感情も込めたい。ツヤツヤでいつまでもキレイでいてほしかった梅田ロフトの笛吹きヤカン。

そのツヤやかなステンレスの笛吹きヤカンが、もうコレでもかというぐらいの黒、ブラック。いや漆黒だ。ダークブラック。まさに黒焦げという焦げを通り過ぎていた。

すぐさまキッチンに走り、IHクッキングヒーターのスイッチを切った。

幸い火は全く出ていなく、壁も無傷ではあったものの、改めて無惨にも変わり果てた笛吹きヤカンを目の前で見たときは、こんな取っ手の先の先まで黒焦げになってしまうのかと、思わずとっさに触りそうになったその取っ手からとんでもない高熱が伝わり、手からも恐怖を感じた。

職場がブラック(正確にいうと先輩方は”仕事に愛”があったから愛ブラックだ。)というのは、あの当時はどこでもよくあったけれど、家のヤカンがブラックになることは、関西での一人暮らしの予習勉強をいろいろしたが、不覚にもヤカンのことだけは誰にも教わっていなかった。

しかし幸いにも、麦茶の元は入れていなかったことで火が出なかったのかもと思ったりもした。

だがここでどうしてもひとつ疑問が残る。

そう、もうお気付きだろう。笛吹きのことだ。

笛吹きヤカンの笛はちゃんと鳴ったのか?

音に敏感な私だからすぐ起きるはずなのに、むしろその日は逆に心地良いぐらいぐっすり深く夢の中に行った。まさか笛吹きの音が「沸騰してますよぉ〜」のお知らせを経由して、睡眠行きに終着させる、癒しの口笛フィルハーモニーの音だったなんて。ホントにまったくな話だ。

それ以降、火をつける時は目を離さず、たとえ瞼(まぶた)が信用を失いかけた時でも、アラームを鳴らすなどの徹底的な対処をして、注意をはらうようになった。

ここは冗談抜きで一人暮らしの方は、本当に火だけは注意を払っていただきたい。

一人暮らしには他にもある。

通称,お風呂ボコボコ事件

同じく帰宅後にお風呂に浸かりたく、蛇口を栓をひねり、お湯を張っていた。(ボタンひとつでお湯張りできるようなハイカラ機能があるタイプじゃないタイプのお風呂だ)

そして、またココで悲劇が起こる。

いやこれは一人暮らししたことある人なら

経験がある方もいるかもしれない。

恒例の儀式のようなものだ。

私の瞼(まぶた)の上に、またあの悪魔が乗ってきたのだ。いや睡魔という名の天使なのか、睡魔でもう頭がおかしくなってしまっている。もう悪魔でも天使でもヘラクレスでもどっちでもいい。そしてどちらにせよその日、完全に目が開くことはなかったのだ、、、。

目覚めると朝7時前、またしても瞼(まぶた)を開けたと同時にお風呂のことを思い出して、ソファーベッドを飛び起きた。

もう一度おさらいだが、キッチンの奥側がお風呂場で、ソファーベッドからお風呂の半透明のドアが見える構造の間取りで、

ドアの向こうから勢いよく、ボコボコと音が聞こえてくる。いやよく聞くとゴボゴボの方が正しいのか?いや、今はそんなことはどちらでもいい。誰かがシャワーを浴びてるのかと思うぐらい、無情にもボコボコ聞こえてくる。

いやもう逆に誰かがシャワー浴びてるんだ。友達でも彼女でもソクラテスでもいい。誰かが勝手にシャワーを優雅に浴びていてくれてるに違いない。その方が助かる。とまあそんなめちゃくちゃな幻想にまで助けを求めている自分がいた。

すぐさまお風呂場へ走るがやはり想像通りだった。

湯船いっぱいなバスタブから、勢いよくずっと溢れて出続けているお湯。4時間出っ放しの栓をすぐ止め溢れるお湯の勢い溜められたが、反比例するように絶望感がココロの蛇口から溢れ出てくるのは、どうやら簡単には止められなかった。

そして私はすぐさまシャワーを浴び、仕事に行ったのを覚えている。

こちらも大惨事にはならなかったものの、ホントに気を付けてほしい事例のひとつだ。

いかがでしたでしょうか。

20代前半の男の一人暮らしの、ほんの一例のエピソードでしたが、本人(わたし)はしっかりと良い勉強になり少し成長できたようです。

一人暮らしでも、二人暮らしでも、はたまた大家族の暮らしでも。住んでる場所には大なり小なり意識しないと気付かないような出来事が、日々生まれています。

〜〜〜

そう、それは一人旅の道中で偶然にも

“ステキな経験との出逢い”というものが、

自分を成長させてくれているかのように。

“日々の暮らし”という名の旅の途中なんだ、と。

〜〜〜

今回も長文、読んでいただきありがとうございました。

またしても雑談が増えてしまいました。

いまは貴方はどんな暮らしの旅の途中にいますでしょうか?

さすがにもうその当時のソファーベッドも笛吹きヤカンもありません。そして今年の4月、惜しまれつつも梅田ロフトも閉店(移転)をしてしまいました。

しかし私がその梅田ロフトの一階で同時期にゲットしたアイテムがあります。

当時のことを忘れないように。いつまでも初心にかえれるようにと、アトリエのどこかに飾っています。

ご来店の際は是非とも

梅田ロフト”ブラック”笛吹きヤカン事件と

お風呂ボコボコ事件を想像しながら眺めてみてください。

これからが暑さ本番な日本列島。

アトリエでもより涼しくして8月の準備をしておきますので、皆で声を掛け合って暑さを乗り越えて行きましょう。

それではこのへんで。

どうぞご自愛くださいませ。