COLUMN

2025年,さいごのブログ

2025年

さいごのブログ

師走の大阪は梅田

ある方とのお約束があり その目的の為

お昼過ぎから ある場所へ ぼくは向かった

昼下がりの阪急電車は人が多く

西宮北口から座れないまま 終点の梅田に到着した

久々の大都会は相変わらず目がまわるほど

人々の歩く速度に圧倒されてしまう

その速度のまま 人と人との交差の連続で

その交差で発生する一瞬の風圧で マジで何か発電できるんじゃないかと思うくらい

2025年クリスマス前の梅田は 季節の賑わいでごった返していた

とくに阪急うめだ本店のあのショーウィンドーは 毎回通るたびに 街を急ぐ人の心を ふと立ち止まらせてくれる

僕も例によってその一人で 人知れずワクワクを隠せなく 歩く人の迷惑にならないように

スピードを落として 楽しみながら目的地まで進んでいった

そして目的地まで向かう前のこと

いつでもスマホで捕まえることができるこの時代に その方と”待ち合わせ”をしたんだ

“待ち合わせ”なんて もういつぶりだろうと思うほど ぼくはその方が伝えてくれていた と思われる場所へ

「あそこで間違いないはずだ‼︎」と少し意気込みながら足を急がせて向かっていた

その方は伝えてくれたドンピシャの場所に立っていて 僕はバレないように思わず笑みを溢した

そのまま共に目的地まで行き 目的を果たし

嬉しさと同時になぜか不思議とホッとした感情に包まれて 都会の街の賑わいの中に僕たちも溶けていった

アラフォーあたりから上の皆さんなら

「わかるわかる〜」と共感してもらえるだろうと思うことがある

ここアラフォーという地点から”昔の記憶”というものが少しずつ曖昧になってくる

そんなお年頃に差し掛かっていると実感できる中継地点

断っておきたいのだが

決してそれはネガティブなことというわけではない

20歳の頃がもう20年も前だからウソみたいだけど

ちょいちょい記憶が飛んでいたりする

もしかしたら前にもそんなブログを書いたような気もしなくもない

昔のことを知ってる友人と地元で会うと

笑いながら 時折”答え合わせ”をする

「あぁ、そんなことあったなぁ」と話したり

そして街の景色だって当然変わっていたりするから

「ここ前なんやったっけ?」「あっ、アレだアレだ‼︎」なんて思うこともしばしばある

でもどうやらそうやって記憶がパンクしないように 脳が勝手に忘れてもいいことを判断しているらしいんです

勝手にどんどん削除してくれている

脳とはすごい機能を持っているものだ

だから全部覚えているのは不可能だということ

でもそれと同時に

決して”削除されない出来事”というのもある

.

ちょうど10年前にその方と梅田で会っていて

その時も同じ様な笑顔でお話をしてくれていた

ぼくはその笑顔にホッとして あえていろいろな”答え合わせ”をしなかった

その理由は 10年後にこうやって会って

楽しく話せてるってことが 実はもうすでに

答えになっていると思えたんだ

わすれがたい

嬉しい一日になっていたんだ

.

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2025年 いかがでしたでしょうか?

僕にとっては終盤に特別な年にできたと同時に

つらいこともたくさんある年だった

しかし

それでも乗り越えていける

これもまた誰かのお言葉を拝借して

ここで言っておきたいセリフがある

.

「にこにこしてるんだよ いつも楽しそうに。

そしたらほんとにしあわせになれる。」

.

それはあの国民的キャラの漫画の一コマだった

楽しい時はもちろんのことだけど

ピンチな時こそ にこにこするんだと

そうすれば必ず良い方向へ繋がる

ピンチはチャンスだ!と自分に言い聞かせ

2026年もより良い年にしていきたいと思っております

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今回も長文 読んでいただきありがとうございます

しっかり寒さも強くなってくる季節

体調崩されないよう

ご自愛ください

2025年12月末

店主

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20251230

保護中: 2025年,さいごのブログ(続)

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@旧平賀邸

「blogを更新してよ」と言われたので

ちょっと恥ずかしいのですが

今回は過去のアーカイブ

非公開blogから

“懐かシリーズ”を引っ張り出しました

『2015年3月21日のブログ』

@旧平賀邸

kicaさんの古道具たちも出ていた

あの映画

“繕い裁つ人”

3.17

その撮影地へ

まずは

能勢電鉄 山下駅

その道中

歩くこと15分、到着

川西市郷土館内の

“旧平賀邸”

  

昔のデッカイブレーカー

あの部屋へ

  

  映画監督 / 三島有紀子さんの言葉

撮影で、高校生の子が持っていたカバン

あのシーン

 

 

  

白い窓

二階には

マッサンとエリーのサインも

“マッサン”で

少しだけロケで使われていました。

以下 資料より

~ 旧平賀邸 ~

[国登録文化財]

旧平賀邸は、平賀義美博士が大正七年猪名川沿いの川西市小戸に建設した、イギリスの田園住宅の形式を極めて良く遵守した住宅。

平賀博士は、安政4年(1857)福岡県に生まれ、東京帝国大学を卒業した後、関西財界の振興に尽力され、多くの公職及び財界団体の要職につかれていました。

イギリス等欧米に外遊7回を重ねられ、このことが平賀邸の建築意匠に反映されることになります。

外壁は小石の洗い出しで、基礎はみかげ石積み。洋小屋スレート葺きの屋根のかかった平屋の建物です。

外観は出窓と煙突がアクセントとなっています。内部は、客間・書斎・寝室等の部屋が配られ、出窓・暖炉が付けられ、イギリス流の形式を忠実に守っています。

その他、博士が化学者であったことから実験研究棟と旧邸内にあった東屋・門・橋・胸像なども移設し、復元しました。

大正期の住宅の典型として、日本の近代建築史上重要な建物といえます。

声が聞こえてきそうな

ステキな場所でした

そして

資料とか

ガイドマップには

決して載らないところ

裏の奥の

そのまた奥の場所とかが

どうしても気になってしまうのが

弟の性なのかもしれません

苦楽園の古道具たちはこちらから

kica

以上

営業日時と今後のご予約について

営業日時と今後のご予約について

いつもアトリエをご利用いただきありがとうございます。

毎月の営業日と今後のご予約についてのお知らせです。

アトリエは月の半分程の営業日でさせていただいておりましたが、

ここ数年ご予約をお断りしてしまうことが少なくありませんでした。

私事になってしまうのですが、まだ子どもが幼く、さらに遠方に居る為、できるだけ子どもとの時間も大切にしたいという想いもあり、こういった営業スタイルでさせていただいておりました。

一人店舗なことで、アトリエにいない期間は何度も何度もご予約のお断りをしてしまうことや、行きたい時にタイミングが合わなかった等、ご不便をお掛けしっぱなしで、とても心苦しい日が続きました。

こういったことを相談できる人もいなく、自分の中でずっとモヤモヤと罪悪感が止まず、正解がわかりませんでした。

ただもう一度原点に戻ってみようと思います。

『何の為におおいたでアトリエをオープンさせたのか』

アトリエオープン日を出来る限り増やします。

月の後半27日〜もオープン致します。

(※交通機関運行状況で日時が前後することもあり)

そして同時に次のプロジェクト開始の為、誠に勝手ではありますがアトリエのご新規様の受付を

“2027年3月いっぱいで受付終了”とさせていただきます。

(ご紹介様がいる場合は、この限りではありません)

プロジェクトを一緒に支えてくれるパートナー、仲間が増えましたら、ご新規様の受付は再開します。

新たなプロジェクトはアトリエでもちょくちょくお話させてもらっていますが、まだまだ手探りな状態で時間がかかってしまいます。

しかし、もうやると決めています。

縁もゆかりも溢れるほどたくさんある故郷おおいたに、

まだ何にも返せてない自分のままでは終われません。

学校と職場、家庭と、あともうひとつ寄り添える場所

“peacefulなサードプレイスをつくること”

完成が近付きましたら、詳細は追って少しずつ発信致します。

微力ながらおおいたの片隅で盛り上げていきたいと思っております。

今回も読んで頂きありがとうございます。

ホントに秋はどこにいったのか。

季節も進み、一気に寒くなってきました。

体調を崩されないよう

どうぞご自愛くださいませ。

店主

梅田ロフト、というところ。

毎日暑過ぎますが、いかがお過ごしでしょうか?

今年から社会人になり実家を出た方にとっては、

3月,4月の引っ越しシーズンが終わり、初めての一人暮らしがスタートし、新生活も少しずつ慣れてきたのではないでしょうか。

子育てする年齢が早かった方だと、すでに私世代のパパさんママさんでも

「やっと子育て落ち着いた」とか「ついに独り立ちするわ」と話を聞くこともチラホラとあります。ホントに子どもの成長って早いものです。

親心としては、例えば実家を出る我が子が、身内が一人もいない土地に一人暮らしをするとなると、やはり気にならないわけはない。私もそんなことを今から想像しただけでも、なんだか気が気でなく、いろいろ考えてしまうんだろうと思ってしまいます。

ちゃんとご飯食べてるかな、とか。

洗濯物とか部屋の掃除出来るんかな、とか。

新しい恋人と仲良くしてるんかな、とか。(えっ、待って‼︎何人目の彼氏(彼女)なん?)

しかし、家を出た当の本人は

そんな親の心配をよそに、四苦八苦しながらも成長していて、案外楽しんでいたりと。

むしろ、「やっと一人になれたぁ〜。」なんてお気楽に思ってたりする強者もいるようです。

さてさて、しかしです。

家を出てからの方が実は学べることがたくさんあります。正確にいうと気付くことがあります。

(経験談として)

初めての一人暮らしで、実家に居た時とは決定的な違い。それは、

朝晩、ご飯が出来ていたり、

洗濯物が自動的に洗っていたり、

部屋がキレイに保っていたり、と。

家を出た途端に、”家事という仕事がある”ということを肌で実感することになる。

頭では理解していても”実際どんなものなのか”というのは実家を離れ、自分でやっていく中で初めてその有り難みを感じたり、

毎日毎日、朝早くから朝食を作ってくれることだけでも、母親(もしくは父親)の凄さを感じることができる。

今の自分自身に置き換えてみても、”家事という仕事”をちゃんと出来ているのか?と問われると、まだまだ胸を張ることはできないだろう。

しかしそうだとしてもまず自分なりにやってみることで”両親への感謝とリスペクト”を改めて実感出来ることこそが、

“一人暮らしをする”ということの、

“最初にして最大の収穫の一つ”なのではないでしょうか。

〜〜〜

2006年頃。もう20年近くも前のこと。

大分から関西に出てきた私にとっては、大阪や神戸という都会は、決して大袈裟ではなく、歩くだけでもちょっと怖くて、怖いのがバレないように胸を張って歩いていた記憶がある。

梅田のあの横断歩道を歩けば、大分では感じたことのない人の多さに、人とすれ違う時、乗り物酔いすらも無縁の私だったのに、生まれて初めて”人混みに酔う”ことも経験させてもらった。

そんなことをふと思い出しながら、先日懐かしい場所へ行ってきました。

大阪は梅田にある”梅田ロフト”

当時、右も左もわからないまま、とりあえず家具を揃える為に住んでいた夙川から阪急電車(まだ夙川に特急が停まらなかった時)に乗り、大阪は梅田にある”梅田ロフト”というところへ行った。

ご存知の通り、もうなんでもある(あった)場所。

そして大袈裟に家具といってみたものの、20代男の一人暮らし部屋なんて狭いもので、ベッドを置くだけでもうほぼ完成されてしまう。

それでも自分で自分の空間を一からつくれることが楽しかった。その結果、梅田ロフトで選んだのは、オレンジ色のソファーベッドにした記憶がある。

あとIH対応の笛吹きヤカンも買った。

そして今だから時効なので言えるが、その笛吹きヤカンである事件が起こった。

通称,梅田ロフト”ブラック”笛吹きヤカン事件

あの頃、勤めていた美容室の営業時間は表向きは10時から20時まで。ただアシスタントの私たちは鍵当番というものがあり、早くお店を開け準備をしておかないといけない。そして営業が終了の20時、もしくは21時からスタートするカリキュラムのレッスンにと。実質は朝8時から夜中3時までという就業時間。これが毎日だ。

だから家に帰ってくる時間はほぼ毎日午前3時過ぎだった。(たまに夜中12時前に仕事が終わることがあるのだが、その時はめちゃくちゃ最高で、同期5人でとりまさかラーメン太郎に行き、よくミーティングをした)

そして今考えたらこの笛吹きヤカン事件はサイコスリラー映画ばりにゾッとする出来事なのだが、帰宅後に麦茶を作る為に、丑三つ時過ぎからヤカンにお水を入れ火にかけた。

「若いから気合いで行けるっしょ。」みたいな感じで毎日過ごしていたものの、なぜかその日はあまりにも疲れていた。ふいにふとまばたきを一回したつもりだった。が、しかし、

そのまばたきは、実に重く、なが〜いものとなってしまったのだ。

気付いたらいつも起きる時間の朝の7時だった。

私は目を覚まし、瞼(まぶた)を開けたのとほぼ同時ぐらいに、笛吹きヤカンで麦茶を沸かしていたことを思い出し、例のソファーベッドから文字通り飛び起きた。

部屋の狭さ故、ソファーベッドから右を向いた方向に火をつけていたキッチンとヤカンが見える構造の間取り。

そこに目を向けた瞬間、私は血の気が引いた。

つけっぱなしのIHクッキングヒーターの上で、お水を入れて沸かしていたとてもツヤツヤでキレイな笛吹きヤカン。いや愛着もめっちゃあったから感情も込めたい。ツヤツヤでいつまでもキレイでいてほしかった梅田ロフトの笛吹きヤカン。

そのツヤやかなステンレスの笛吹きヤカンが、もうコレでもかというぐらいの黒、ブラック。いや漆黒だ。ダークブラック。まさに黒焦げという焦げを通り過ぎていた。

すぐさまキッチンに走り、IHクッキングヒーターのスイッチを切った。

幸い火は全く出ていなく、壁も無傷ではあったものの、改めて無惨にも変わり果てた笛吹きヤカンを目の前で見たときは、こんな取っ手の先の先まで黒焦げになってしまうのかと、思わずとっさに触りそうになったその取っ手からとんでもない高熱が伝わり、手からも恐怖を感じた。

職場がブラック(正確にいうと先輩方は”仕事に愛”があったから愛ブラックだ。)というのは、あの当時はどこでもよくあったけれど、家のヤカンがブラックになることは、関西での一人暮らしの予習勉強をいろいろしたが、不覚にもヤカンのことだけは誰にも教わっていなかった。

しかし幸いにも、麦茶の元は入れていなかったことで火が出なかったのかもと思ったりもした。

だがここでどうしてもひとつ疑問が残る。

そう、もうお気付きだろう。笛吹きのことだ。

笛吹きヤカンの笛はちゃんと鳴ったのか?

音に敏感な私だからすぐ起きるはずなのに、むしろその日は逆に心地良いぐらいぐっすり深く夢の中に行った。まさか笛吹きの音が「沸騰してますよぉ〜」のお知らせを経由して、睡眠行きに終着させる、癒しの口笛フィルハーモニーの音だったなんて。ホントにまったくな話だ。

それ以降、火をつける時は目を離さず、たとえ瞼(まぶた)が信用を失いかけた時でも、アラームを鳴らすなどの徹底的な対処をして、注意をはらうようになった。

ここは冗談抜きで一人暮らしの方は、本当に火だけは注意を払っていただきたい。

一人暮らしには他にもある。

通称,お風呂ボコボコ事件

同じく帰宅後にお風呂に浸かりたく、蛇口を栓をひねり、お湯を張っていた。(ボタンひとつでお湯張りできるようなハイカラ機能があるタイプじゃないタイプのお風呂だ)

そして、またココで悲劇が起こる。

いやこれは一人暮らししたことある人なら

経験がある方もいるかもしれない。

恒例の儀式のようなものだ。

私の瞼(まぶた)の上に、またあの悪魔が乗ってきたのだ。いや睡魔という名の天使なのか、睡魔でもう頭がおかしくなってしまっている。もう悪魔でも天使でもヘラクレスでもどっちでもいい。そしてどちらにせよその日、完全に目が開くことはなかったのだ、、、。

目覚めると朝7時前、またしても瞼(まぶた)を開けたと同時にお風呂のことを思い出して、ソファーベッドを飛び起きた。

もう一度おさらいだが、キッチンの奥側がお風呂場で、ソファーベッドからお風呂の半透明のドアが見える構造の間取りで、

ドアの向こうから勢いよく、ボコボコと音が聞こえてくる。いやよく聞くとゴボゴボの方が正しいのか?いや、今はそんなことはどちらでもいい。誰かがシャワーを浴びてるのかと思うぐらい、無情にもボコボコ聞こえてくる。

いやもう逆に誰かがシャワー浴びてるんだ。友達でも彼女でもソクラテスでもいい。誰かが勝手にシャワーを優雅に浴びていてくれてるに違いない。その方が助かる。とまあそんなめちゃくちゃな幻想にまで助けを求めている自分がいた。

すぐさまお風呂場へ走るがやはり想像通りだった。

湯船いっぱいなバスタブから、勢いよくずっと溢れて出続けているお湯。4時間出っ放しの栓をすぐ止め溢れるお湯の勢い溜められたが、反比例するように絶望感がココロの蛇口から溢れ出てくるのは、どうやら簡単には止められなかった。

そして私はすぐさまシャワーを浴び、仕事に行ったのを覚えている。

こちらも大惨事にはならなかったものの、ホントに気を付けてほしい事例のひとつだ。

いかがでしたでしょうか。

20代前半の男の一人暮らしの、ほんの一例のエピソードでしたが、本人(わたし)はしっかりと良い勉強になり少し成長できたようです。

一人暮らしでも、二人暮らしでも、はたまた大家族の暮らしでも。住んでる場所には大なり小なり意識しないと気付かないような出来事が、日々生まれています。

〜〜〜

そう、それは一人旅の道中で偶然にも

“ステキな経験との出逢い”というものが、

自分を成長させてくれているかのように。

“日々の暮らし”という名の旅の途中なんだ、と。

〜〜〜

今回も長文、読んでいただきありがとうございました。

またしても雑談が増えてしまいました。

いまは貴方はどんな暮らしの旅の途中にいますでしょうか?

さすがにもうその当時のソファーベッドも笛吹きヤカンもありません。そして今年の4月、惜しまれつつも梅田ロフトも閉店(移転)をしてしまいました。

しかし私がその梅田ロフトの一階で同時期にゲットしたアイテムがあります。

当時のことを忘れないように。いつまでも初心にかえれるようにと、アトリエのどこかに飾っています。

ご来店の際は是非とも

梅田ロフト”ブラック”笛吹きヤカン事件と

お風呂ボコボコ事件を想像しながら眺めてみてください。

これからが暑さ本番な日本列島。

アトリエでもより涼しくして8月の準備をしておきますので、皆で声を掛け合って暑さを乗り越えて行きましょう。

それではこのへんで。

どうぞご自愛くださいませ。

PERFECT DAYS

日中はいきなり暑くなってきました日本列島

身体が季節に追いつかない毎日が続いています

いかがお過ごしでしょうか?

このブログは西大分港発,神戸行きの早朝のフェリーさんふらわぁの中で、書いております。

昨日の夕方(2025年4月18日)はちょっとした、いやかなりのハプニングがありましたので、そちらもちょっと綴(つづ)ってみます。

フェリーさんふらわぁに乗れないかもしれない緊急事態に遭遇してしまい、すでに乗船予約をしていたけれども、かなり焦っていた。

“”ここで乗る船の基本的な名称だが、フェリーさんふらわぁの西大分港〜六甲アイランドを行き来しているフェリーの名称は”さんふらわぁごーるど “と”さんふらわぁぱーる”の二つの名前がある。

19時30分出航の場合、どんなに遅くても30分前には西大分港に着いておかないといけない。

出航10分前には人道橋(通路)が船から離れるので、それを過ぎるとアウトです。

車で現地まで向かっていた私たちは、19時15分の時点でまだ大分駅を通過したころでした。フェリーターミナルの係の方に電話をし、状況をお伝えする。「今どのあたりでしょうか?まだ大丈夫ですょ」と焦る私に優しく対応してくれ、「徒歩で乗船予約してます」と先に伝える。そうすることによって、乗船がスムーズになるからだ。(※先に断っておくが、ながら運転ではなく焦りハンズフリースタイルです。)

そして19時20分まで残り2分。フェリー乗り場の一番近くにある大通りの交差点でまさかの信号が赤に変わる。

悪魔「あぁ、もうダメだ。」「ダメに決まってるゼ!ヒッヒッヒィィ〜!!!」

天使「いや諦めるな!」「諦めたらそこで試合終了だょ!ホォッホッホッ〜!!!(安西先生)」

私の中のいわゆる”天使と悪魔”みたいなものがお互い一歩も譲らない攻防戦をしている。

しかし、そこはやはり天使が一枚うわ手だった!いやここでは天使というよりは、スパルタエンジェルと言い換えた方がしっくりくる。いやエンジェルは優し過ぎる。やはりここは安西先生って使っちゃったので、白髪鬼”ホワイトヘアードデビルとしよう(安西先生の昔の異名だ)※安西先生とは漫画スラムダンクに出てくる登場人物のことです

そのホワイトヘアードデビルの言う通り、私はジャッキーチェンみたく、そこで車を乗り捨てて、犯人を追うが如くフェリー乗り場へ猛ダッシュ!!!!!!!!車の誘導員の方々がまず私の目に入り、頭の下げ謝りながら小走りで受付へ駆け込むや否や、滑り込みの私に対して、エレベーターをすでに押して待っててくれていた従業員の方の神対応にホントすみません。とこの時点でも10分は切っていた。人道橋の手前に立っている係の方に乗船予約専用のQRコードをかざした。

〜〜〜

人道橋がすでに船から離れかけている!

人道橋の傾斜は約15°を10mの長さだ!人道橋から船との距離は一瞬の目測で約3メートルと判断。もう行くしかない!ここまで来て飛ばなければ何のために3歳からジャッキーチェン観てきたのかわからない!そして覚悟を決めた私はジャッキーチェンみたく「ひぃやぁぁぁぁーー!!!」と

3メートルの

大ジャーーーンプ!!!!!!!

〜〜〜

と、そんなわけではなく、

遅れてる私に対して笑顔で応えてくれて、しっかり人道橋も渡ることができて、なんとか事なきを得た。さんふらわぁの神対応、いや超GOD過ぎた対応に心から感謝をした。なんといいますか、まさに神頼みとはこの事でしょうか。すごく心救われた気持ち。これからはさんふらわぁの名称は勝手に改名します。”さんふらわぁゴッド a.k.a. さんふらわぁ超神”

そんなフェリーさんふらわぁの4月エピソードでした。

失礼、前置きが長くなりました。本題に入ります。

さて 

今日のブログはといいますと、映画です。

【 PERFECT DAYS 】

2023年公開された

監督はヴィム・ヴェンダース

主演の役所広司さん演じる[平山]は公園のトイレ清掃作業員として、毎日を過ごしている。その日々が鮮やかに繰り返し描かれている東京を舞台としたロードムービー。

気になる映画は必ず映画館に行きます。

今でも覚えてるのですが、この映画は見終わってからの余韻が凄かった。

公開から2年もたっていますが、今でもどこかの公衆トイレに通るたびに、この映画がじんわりと脳裏をよぎってくる。こんなことは他の映画でもあまりありません。もしあるとしたらジャッキーチェンの酔拳ぐらい。酔拳2のほうです。

ビールを飲むと無性に、そして無責任に酔拳をやりたくなります。

やはりジャッキーチェンは永遠のヒーローです。

おっと、失礼。

今年の桜前の季節のことである。私はいつも行くとある公園のベンチに腰掛けようとしていたが、今は桜の季節だ。いつものベンチには先客がいるので、たまたま公衆トイレ付近のベンチが空いてた。見上げると大きく立派なソテツ?が私を見下ろしている。そんな優雅な席で腰掛けた。そしてまさにその席から映画の中にいるような、リアルな[PERFECT DAYS]に偶然にもお目にかかったのである。

そこは普段は車両の侵入禁止エリア。しかし一台の作業用トラックが公園に入って来た。そしてホントに目の前で作業員の方の清掃作業の実演が始まったのである。

思わず、その仕事風景を数メートル離れたベンチから見学させてもらっていると、映画でもあったシーン(ネタバレ注意)も。それはたとえ清掃中であっても、トイレを利用する人が来たら一度作業を中断するというもの。

そんな映画館で観たシーンがどんどん目の前で繰り広げられていった。

おそらく数十分経過しただろうか。公衆トイレはすっかり美しくピカピカな姿になっていた。

ベンチで足を組んでいた私は、気付けば足を組むのをやめ、背をもたれずに、背筋を伸ばしながらその一連の仕事を凝視してしまっていた。

よく海外に行く方から聞いたことがある。

それは「日本のトイレはとても綺麗だ」ということ。

私は勝手にお手本にしている先輩がいるのだが、その先輩も丁寧にトイレ掃除をする。

住んでるところや、美しい街並みというのは

全自動的に街が美しくなっているのではなくて、

必ず誰かの”良い仕事”で美しく保ってくれているということ。

流行りのAIであってもその”良い仕事”はマネできない。

全部とは言わないが例に習って、私も家の中の一部分だけは美しくすることを意識している。

【誰にも見られない場所、誰にも見られていない時にこそ、”本当の自分”が出る。】

昔誰かがくれた言葉と、目の前で起こっていることがリンクしたような気がした。

そうは言っても現実は激しい浮き沈み。”本当の自分”が出た時は人前に見せられるわけでもなく焦 それでもなお意識すれば”本当の自分も磨かれていく”のかもしれない。

ここまで書いたので、アトリエに来た際は是非レストルームをご利用ください。

そしてもしちょっとでも汚れてたら、すぐに店主をトイレの中から呼びつけてください!

「うぉい‼︎ここホコリ落ちてるょ‼︎ブログと言ってたことちゃうやんけw」と!飴ちゃん3個プレゼントします!(いっぱい飴ちゃん用意しておかないとw)

失礼、ちょっと脱線しました。

映画を観ると、まったく文字数が足りなくまだまだ書き足りなかったり、違う視点で書きたいことがてんこ盛りなのですが、今回はこの辺にて。

長文、読んでいただきありがとうございました。

締めくくる言葉が見つかりませんが、日本には潜在的に、そして誰しも、自分自身の中にも無意識に”美しさを重んじる”というものが必ずあると改めて思った、ある公園のひとときでした。

「貴方は、お部屋の中で大切にしている場所はありますでしょうか?」

.

.

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おまけ

ジャッキーチェンみたく乗り捨てた車の行方を知りたい方はアトリエにてお伝えしますw

もうすぐ 7th anniversary

今日もブログを見に来ていただきありがとうございます。

お陰様でアトリエは4月10日で7周年を迎えることができます。

アトリエに足を運んでいただいております皆さま

「いつもありがとうございます。」

3月の中旬から急に暖かくなり

身体がちょっとびっくりしながら

このブログを西宮のカフェで書いております。

(いや、修正‼︎また冬の寒さに戻ってきました。寒い泣)

さて7周年ブログは何にしよう?

そんなことをふわっと考えていた時goodなタイミングである行事に行ってまいりました。

先日の神戸市は三ノ宮という場所(おおいたでいうところの”街”です←若い人は街っていうのかな?)での出来事を書きたいと思います。

突然ですが、”餃子”は好きですか?

“餃子(ギョーザ)”です。

あの焼いてパリッとした皮からイチ咀嚼(そしゃく)で肉汁が口の中で溢れ出し、それを追うようにクラフトビールが絶対的に合うあの”餃子”のことです。

決してアニメのドラゴンボールに出てくる目が三つでスキンヘッドの天津飯と仲の良い兄弟弟子”餃子(チャオズ)”のことではありません。

ただあのサイヤ人のナッパとの戦いは、天津飯への想いが強く感じられた捨て身の背中ペタリ攻撃はまだ幼かった私でも心打たれたシーンだったのは共感してくれる方も非常に多いのではないでしょうか。

だから言いたい。

「勇気をありがとうチャオズ」

なのでチャオズも大好きです!!!

、、。

おっと失礼、また脱線しました。

今回はパリッと焼いて食べる”ギョーザ”のこと。

話をドラゴンボール,ナッパ戦から、阪急神戸線へと戻します。

関西の神戸市にはどうやら”餃子食べ歩きツアー”というものがあるらしく、食べ歩きマップまであったので、先日ある方と阪急電車の乗って一緒に行ってきました。

暮れなずむ神戸の路地裏は、

私に何かを教えてくれそうな

そんな予感がしていた。

阪急三ノ宮駅から歩くこと8分ほどだろうか、一軒目は2階にあるギョーザ屋さん、数分間の餃子ミーティングからすぐ次の二軒目へ。2,3分ほど歩き地下への細い階段を降り、解放しっぱなしのお店のドアを入るや否や、

「お兄ちゃんたち上の店おったやろ?」とお店の大将が気さくに声をかけてきた。

“大将”ときくと、恰幅の良い、年齢も60近いイメージで寡黙に料理だけをつくり続けていると勝手ながら想像してしまうが、

40代後半か50代ぐらいだろうか、いやいやわからないぞ!まだ若いはずだ!と思わせるぐらい、元気ある弾丸トークにスラッとしてて、サラッとかぶるキャップと使いこなされたエプロン姿の大将だった。

「ほらそこのモニターみてみ、上に防犯カメラあるから誰が来てるか階段からすぐわかるねん。ホンマ変なヤツとか来たらかなわんやろ、あっ、ここ座り。」と、

お店のカウンターにそろっと二人で腰掛けた。

たぶん12,3人ぐらいそこそこでいっぱいになるであろう店内。カウンターに座った右後ろに4,5人掛けで長方形のテーブルが一つあり、その奥側にさっき言った防犯カメラの気持ち大きめなモニターが大将が調理する少し離れた場所からでもしっかり見えるような工夫になっている。(テーブル席は平日18時過ぎでもすでにreserveプレートが置かれていた)良い意味でごちゃごちゃしてるこじんまりした理想的な店内だ。

スタートが早過ぎたこともあり、店内のゲストは私たちだけだったが、この後、大将の餃子エピソードのアツい談義が繰り広げられることになろうとは、カウンターに腰掛けただけの私たちは、まったく知る由もなかった。

ビールしか飲めない私は、シンプルに餃子のみで勝負したい。お相手の方は紹興酒のかなり珍しいヤツをオーダーし、グラスの音を鳴らす。メニューを見るや否や、ギョーザだけにとどまらず、蒸し鶏のなんちゃらとか、サイドメニューもどうやら充実しているようだ。

さらに餃子なのにイタリアセットなんてのもある。

「”イタリアン”ちゃうで、”イタリアセット”な」

と大将が2回ほど推しを押してくるが如く、言ってきたので、もちろんと!オーダーする。

イタリアセットは、三種の餃子食べ比べ,ベーシック,小松菜,トマトの三種というものだ。「大将め、餃子にリコピンを忍ばせるなんて美容大好き意識高め女子まで喜ばせようとしていること間違いないでしょ!」とそんなことは言わないけれど、食べながら思っていた。が、いや確かに女性から喜ばれる、決してリコピンだけに頼ってないゾイゾイ!!!美味しいお味だ。

そしてそのまま一口頂いては、大将のトークが繰り広げられていった。

少し酔いも入ってることから全部の内容は聖徳太子ではないので流石に書ききれないが、アツすぎる大将のトーク内容と美味しいギョーザを私なりに咀嚼しながら、ココでアウトプットしたい。

〜〜〜

年齢的にも

20代の時のようにやりたいことが少なくなったり、

勢いがなくなってたりするのはごくごく自然な現象で、

その代ごとのステージで「あっ、今マンネリしてる」って気付けるかがキーポイント。

同じ仕事(作業)だけをし続けるんじゃなくて、

“常にもっと良くしたい”と試行錯誤することが、

これからもっと大事なフェーズになってくる。

脱サラしてギョーザの道についた大将からインプット。

まだまだ先は長い。

〜〜〜

大将の話は仕事に対してや、お客さんに対してのおもいがぎっしりと、そのギョーザを噛めば噛むほど、小麦粉に包まれている大将の情熱が溢れ出てくるようだった。

「メニューも変化してる」と言っていたとこなどを聞くと、”追求を諦めたらいけない”とお尻を叩かれているような気さえもする。

おそらく小1時間ぐらいだっただろうか。たった1時間ぐらいだったのに、24時間ぐらいたったんじゃないか?「えっ、もしかしてココは精神と時の部屋なのか?」と、またドラゴンボールに戻ってしまった。きっと大将の情熱のせいなので、少し多めにみてもらいたい。

それぐらい濃厚だった。もう次の餃子のことなんかは忘れていた。そんなトークを交えながら、私たちはまた神戸の夜に溶けて行ったのである。

(正確にいうと一旦三ノ宮を離れ、西宮の夜に溶けに行った)

〜〜〜

いかがでしたでしょうか?

仕事談義となりましたが、職種は違えど誰しもの生活にも形を変えて落とし込めるような気がします。

【 同じ仕事(作業)だけをし続けるんじゃなくて、

“常にもっと良くしたい”と試行錯誤する 】

アトリエも”アップデートをすること”を忘れずに、ちいさなことでも挑戦し続けていきたいと思います。

長文、読んでいただきありがとうございました。

8周目のアトリエも

どうぞよろしくお願い致します。

感謝を込めて。

店主 内田

中学時代の同級生と、、、。

中学の卒業式。

今年もまた、この季節が通り過ぎた。

友達や、知り合いの子が

SNSの親しい友達設定のストーリーに映る

あのあどけなかった笑顔はいつのことか

子どもから大人の階段を確実に上がっている

なんとも凛々しい姿を並べている。

左手の親指でiPhoneの画面をスクロールするほどに

成長と時の経過を届けてくれる。

あっ!!!

そーいえば!!!

私ももう気付けば中学卒業式からうんうん十年が過ぎていた。

変なテンションで変なタイミングで思い出が蘇ってくるのが、アラフォーの宿命なのか。

あの日、それっきりになった友だちばがりだけれど、

アトリエに足を運んで来てくれる友だちは

私を自然とあのBlue Spring (青春) に戻してくれるような

そんな感覚にいられる。

今となっては、非常に稀有な存在だ。

もひとつ言わせてもらうと、

同じ道を歩んでいて、途中で別々の道を選んだが、

また何かの拍子に偶然歩いていた道が合流して、再会する。

90’sのテレビドラマのストーリーでありそうなことが、現実に起こることは滅多にないのだが、この2025年の3月、私にはあったのだ。

たまたまニューオープンした遠方のオシャレカフェで、たまたま同じ時間に予約してて、そこのレストルームへ続く通路で、すれ違うその瞬間にバッタリと。

とそんなdramaticに再会というわけではなかったわけだが、どこで偶然会ったのかは、ココでは割愛するとしよう。

私の記憶が正しければ、中学校の卒業式に一緒に記念写真を写ルンですで撮ったのが最後だ。

だとしたら本当にうんうん十年ぶりの再会なのだ。

再会したその日の話した内容は、もちろん胸の中に閉まって置いておくとしても、

また出逢えたことは、純粋に嬉しく、いや嬉しいという言葉が正確なのかはわからないが、

もっといろんな感情がぐるぐるしている嬉しさというか、今も書きながらその言葉を探しているが、ドンピシャなものが見当たらない。

とりあえず嬉しいということだ。

たまたま偶然会っただけだとしても

また会おう。とあの日約束を交わして

数年ぶりにその約束を果たせたような

嬉しさに近いのもしれない。

さて、

急に話は変わるが、男子たちの永遠の憧れ

みうらじゅんさん(67)と、いとうせいこうさん(63)の33年後の約束をご存知だろうか?

詳しくことは割愛しますが、気になる人はぜひとも下のYahoo!NEWSをポチッとしてほしい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/8284b2471fced86c54f4fcedfe43c1939ad6bd95

このおふたりは大の仏像好きで、仏像を見て歩く「見仏記」というものを共同で執筆(第8巻まで刊行)し、その第1巻(1997年)のラストにこう書かれている。

〜〜〜

「三十三年後の三月三日、三時三十三分に三十三間堂の前で会いましょう。

そんなおかしな待ち合わせを、我々はしていたのだった」

〜〜〜

その約束を1992年の京都駅構内の喫茶店でしていて、今年2025年、京都の国宝,三十三間堂(さんじゅうさんげんどう),蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)で

3月3日午後3時33分、その”会う”という約束を見事に果たしたというものだ。

その時の三十三間堂で行われたイベントのトークライブのインタビューでみうらじゅんさんが言ってた言葉

「みなさんもかるぅ〜く”約束”はしておいた方がいい」と。

もうこれまた”しんをつく”言葉でした。

ココロに笑いが起きるのとほぼ同時に

胸がジーンとする。といえば良いのか。

無数の感情が同居しながらだけど

しっかりポジティブになれる言葉だ。

.

.

.

人それぞれその道中には、ホントにいろんな出来事がある。

「ずっと道を歩き続けると別れることもあるけれど、またどこかで出会う。」

っていやいやそんなドラマの決めゼリフ

もしくは、売れる為につくられた歌詞ですか?とちょっとだけ疑っていた時期もあったけれど、

ドラマの決めゼリフでも、売れる為につくられた歌詞でもない。

現実にあるんだとわかった、ある3月の日だった。

.

.

.

昔から話も道もそれたり、着地地点が不明確であることもよくよくありますが、

それが書きものの良さというものです。

長文、読んでいただきありがとうございました。

貴方はさいきん約束をしましたか?

またはめっちゃ久々の再会した人はいますでしょうか?

人でなくても、場所でも良いです。

ちょっと大袈裟な言い方だけど、昔の自分を知ってる友人に会うと、自分が辿ってきたルーツを感じる(思い出す)ことも、生活のスパイスとして必ずプラスになるので、オススメかもしれません。

「Hさん、ありがとう☺︎」

2025年、最初の本を読んでみて。

2025年1月の頭

 

六甲アイランドから大分行きの

さんふらわぁの船内でのハナシ

 

 
 
いつもお世話になっております
フェリーさんふらわぁ
僕は毎月フェリーさんふらわぁに乗る
船に乗る理由はただ一つ
“フェリーが大好きだから”である
 

 

決して名前に”海”がついてるからといって
“名前に海がつくヒト割引”とかはないけれど
(ワンチャンあってほしいけれど)
さんふらわぁに乗る
 
 
“さんっふらわぁ〜♪さんっふらわぁ〜♪
たいよぉ〜うに、あこぉ〜がれってぇぇ〜〜〜♪”
と船内に時折流れている、あのさんふらわぁオリジナルgoodソングが
そろそろカラオケの十八番になっていると公言しちゃってもいいぐらいかもしれない。
そのgoodソングが毎回脳内で無限ループされているあの心地良さが半ば中毒になっている。
 
とりあえず船そのものが好きなのである。
と最近になり、ふと気付いた。

 

船内には売店がひとつある。
お土産やお酒やスナック菓子、アイス、アメニティ等が揃っている。
レジのカウンターの下の方に目を向ければ
なんと数十冊の本まで売っている。
誰がこの本を厳選しているのかは定かではないが、
その本の位置が動いてるとこは僕は未だに見ていないから、ちょっと本が可哀想だと思い、以前はココでこちらをゲットした。

 

 
 

 

 

こちらの本もかなり良かったのでオススメです。
ついつい毎回なにか買っちゃう。
というよりは身体が勝手に引き寄せられて行く
つまり魔法の売店だ。

 

 
その横にはたぶん8〜10畳ぐらいのスペースの自販機コーナー
カップ麺やアイス、お酒も売ってて、プチカウンターもあり、立ち食いスタイルも可能だ。
さらにその横にはゲームセンターもある。
クレーンゲームやスロットなど、子どもが喜びそうな、なんとも愉快なエリアだ。
そこの空間を行ったり来たりできる、いわゆる通路があるのだが、
その名も”プロムナード”という名称の通路。
そのプロムナードから窓の外に広がる瀬戸内海や、豊後水道の海を眺められる窓が等間隔であり、
椅子もその窓と同じだけ等間隔に並んでいる。
 
船内放送でたびたび乗組員の女性の声でアナウンスをする。「プロムナードにございますぅ〜…」という響きもまた、なんだか耳心地が良いのは僕だけではないはずだ。これも船に乗る動機のひとつになっているのかもしれない。(もはや何でも心地良くなってる。)

 

 
失礼、前置きが長くなりました。
ココから本編へ突入する。

 

 
早朝5時半ごろに目を覚ます。
8時20分に西大分港に着岸予定だ。
窓を覗けば、あたりの空はまだ暗いが、
東の空からほんのりと、太陽が朝の準備をしているのがわかる。
なんとも気持ちが良い。
僕は歯を磨き、顔を洗い、準備をチャッチャと済ませて
ツーリストルームという大部屋(いわゆる雑魚寝スペースだけど、ちゃんと番号がある全席指定システム)を出て、
あえてプロムナードにある椅子に座り、海を眺めながら朝の読書をすることにしている。
 
例によって今回も西宮ガーデンズで ※ヤバいブツ が手に入った。

 

※注)本のことです

 

 
 
 
 
『細かいところが気になりすぎて  銀シャリ/橋本直』
 

 

 

 
神戸.西宮と必ず立ち寄る”行きつけの本屋さん”でその”ブツ”を入手した。
(“行きつけの本屋さん”なんて言うと、こだわりの本だけをそろえた雰囲気のある店主が鎮座するこじんまりしたお店を想像させるが、僕の行きつけは誰もが知る大型の本屋さんだ)

 

 
前日の夜には、もうほぼ読了の一歩手前だったので、
この早朝の船内でラストスパートをかける予定だった。
本のページをめくるたびに、僕の脇腹を毎回コショコショしてくる。
流石が銀シャリ、橋本さんだ。
もう家だったら声を出して笑っていたところだが、
今は家じゃなくプロムナードだ。
だから笑いを堪える。
 
たまに本を見てニヤニヤしてる人を見ると、(スマホも同様に)その本の内容(スマホの中身)が気になるのは僕だけだろうか。あぁ、、ヤバいぃ!

 

 
今、僕はまさにその状況下にいる。

 

 
どんな内容であったにせよ、いい歳したメンズ一人にやけスタイルはあやしさ極まりない。いや、ポジティブに言い換えよう。あやしさ100点満点だ。

 

 
いい歳したメンズ一人にやけスタイルだけは、まわりにバレたらダメだ。プロムナードをさりげなく見渡し確認する。
大型書店さんでカバーかけてもらっているスタッフさんの労力を水の泡にしてはならない。
ちらほらプロムナードには人がいるが、僕がニヤニヤしているのは、バレていなかった。
良かった汗。
口元のニヤニヤが出るたび、手であくびするふりをして隠しながら、また海を眺めて、ニヤニヤする。

 

 
 
 
 

 

 

 
と、その時だった。
 
本のページをめくった時に起こる紙の風圧の、
その微妙な空気の動きに煽(あお)られて
朝にはきつめなジャンクなflavorが
僕の鼻をかすめてきた。

 

 
ん!!!!!!!!、このにおい、まさか?
思わずビックリマークが8個も並ぶ。

 

 
僕の座っている背後を通り過ぎた
20代前半(推測)の女性。
自販機コーナーで売られていた
熱々のカップ麺を片手に持ち(1番ベーシックなあの味の匂い) ちょうど真横の席に座ってきた。
朝7時過ぎたころだ。

 

 
その席についた直後、
「カシャカシャ、カシャカシャ!!!」
一眼レフのシャッター音の連写が、
プロムナードに谺(こだま)し、
僕の読書欲に霧をかけてくる。
女性は手持ちの一眼レフで
めちゃくちゃ撮ってる。
スマホのカメラの音ではない。
一眼レフでめちゃくちゃ撮ってる。
これでもかってぐらい撮ってる。
一眼レフのシャッター音だから
ちょっと心地良いかも。と思いかけたが
いやいや、惑わされるな。
撮ってる姿を凝視するのはさすがに失礼だから、
ちゃんと確認はできないけれど、
確実に何かをめちゃくちゃ撮ってる。

 

 
そう。
朝7時過ぎの出来たてのカップ麺を
撮りまくっているのだ。
プロムナードの窓は全て出窓の様な構造。
カップ麺をちょこんと窓際に置いて海とカップ麺のコントラストを狙った”映え”という至ってシンプルかつ正々堂々とした撮影の戦法だ。

 

 
カップ麺の湯気と、別府湾の美しい海を意識しながら(推測)カップ麺をめちゃくちゃ撮ってる。
#麺リフト(箸で麺を掬い上げる図)しながら撮っているのかは、ココからは確認できない。

 

 
もう銀シャリ橋本さんには悪いが、本の内容が全く入ってこない。
 
しかし読むのを止めるわけにはいかない。
フェリーも容赦なく西大分港に進む。
なんとかうわの空でも読み進めることにした。
皮肉なことにうわの空と相まって、ふと見上げた別府湾の空が、
いつもより美しく感じる。

 

 
(ココからエセ関西弁の心に声に火がつく)
いや、まだ撮る?
100カシャはゆーてるょ。
はよ食べり、冷めてまうで。
てか朝からカップラーメンて胃が強いな。
いやぁ〜若いっていいな。
そういえばオレも小学生のとき
兄ちゃんと父さんと三人で
細(地名)の海釣り行ったんやけど、
その時に外で食べたカップヌードル
最高やったなぁ。
 
母さんが昼間にポットとカップヌードルだけ
車でわざわざ持ってきてくれてなぁ。
やっぱ外で食べるカップヌードルの右に出る
食べ物はないなぁ〜。って。
いやいつまで撮るねん
もう湯気出てないやん。
(ココまで体感約5分)

 

 
ようやく箸に手が伸び、さらにこれでもかってぐらいフーフーしていた女性。
そんなに猫舌なん?
口に入れた途端「ゲホッゲホッ」って
食べる度にむっちゃむせてる。

これでもかっ!!!っというぐらい

むせまくっている。

なるほど。
喉に通らせてくれないのか麺よ。
写真撮り過ぎて”食事への感謝”を忘れたから
喉を通らせてくれないのか麺よ。
麺が怒ってるで。ちゃんと謝っとこう。
ごめん(麺)ねって。
(エセ関西弁の心の声の火、ココで鎮火。)

 

 
そして気付けば8時20分、西大分港に着岸。
ラストスパートをギリギリで読了し、
本を黒のデイパックにしまう。

 

 
この本の最後の最後のページには、
すごい重要なことが書いてあった。
 
何かとモノゴトが気になったりしやすいとか、
考え事し過ぎてストレスを溜めやすい人、僕の様な気にしぃなヒトにとっては、まさに助け舟(フェリーだけに)のようなステキな内容だった。

 

 
 
日々のストレスがコレで少し楽になくなるなら
是非とも最後のページのことを試してみてほしい。そんなニヤニヤが止まらない良い本でした。

 

 
(この本を読んだ後に、またこのブログを読見返してもらえるとエセ関西弁の心の声の火も妙に納得していただけるかもしれません)

 

 
長文、今回も読んでいただきありがとうございました。

 

 
本はアトリエにも置いてますので、気になる方はお声がけくださいませ。
 
 

 

1月のエントランス

お正月飾りは 今年も京都のお花屋さん
花屋 みたて さんより
素敵なお飾りが届きました


〜〜〜〜〜

【 田守り 】

根付きの稲を株ごと使ったお飾りです。
翌年の実りを願って、木にひとつの実を残しておく
「木守り」の風習から着想を得ました。
古代日本で農耕が盛んになるにつれ
年の初めに五穀豊穣を願うようになり、
それが歳神様(田の神)を祀る行事となりました。

【 根曳き松 】

根曳き松は、門松の原型といわれ、
京都で最も多く見られる玄関飾りです。
平安の貴族たちが、初子(はつね)の日に
小松を根ごと引き抜いて遊んだといわれる
「小松引き」の行事がもとになっています。
京都では、門に向かって右に雄松、左に雌松を飾ります。
自然の松のため、左右が不揃いになります。



〜〜〜〜〜



1月のアトリエエントランスは
“京都”が迎えてくれます



……………………


atelier334
〒870-0317
大分県大分市大字丹川334

Open…月の前半1〜19日前後
(オープン日は多少変動します ご了承ください)

TEL / 097-593-0839 or DM
※注)非通知設定を解除してお電話ください


cut / 6050
color / 7700〜 (C.S.B別)
perm / 8250〜 (C.S.B別)
head spa / 4400〜(C.S.B別)
前髪cut / 1100
(cutなしの場合,Shampoo&Blow別途+1,650)


……………………





#みたて
#お正月飾り
#atelier334









謹賀新年2025

謹賀新年

 

 

2025年、スタートです。

昨年は大変お世話になりました。

今、どんなお正月をお過ごしでしょうか。

 

 

毎年毎年そうなのですが、

一年のはじめに目標をたてます。(←ココまでは良い)

しかし、気付いたらいつの間にか、

「アレ?今年の目標ってなんだったっけ?w」

と経験したことがある人も多いと思います。

 

 

私も毎年、元日の朝方に密かに目標を決めています。

朝起きて(今このブログを書いてます)

朝ごはんを食べて、

のんびりした後に、てくてく歩いて、

西宮の越木岩神社さんへ。

 

 

おおいたに帰ったら、

おおいたの護国神社さんと、

坂ノ市の日吉神社さんで、

「今年もよろしくお願いします」とお祈りしながら

その目標を言おうとしたら、アレ?

 

もうすでにその頃には目標忘れてたりします。w

 

 

今年は”巳年(へびどし)”

一皮むける年だそうです。

貴方は” ヘビ “といえば、何を思い浮かべますか?

 

 

私は小学生の頃、どこの誰に聞いたのか知らないのですが、「ヘビの抜け殻を財布に入れるとお金持ちになれる」という情報をキャッチし、

当時は意外と、頑張って探せば近所で発見することが出来た”ヘビの抜け殻”(出来るだけデカいやつ)を、

折りたたみ財布の大きいお札を入れる場所に忍ばせていました。

気になる効果はどうだったかといえば

いまだに疑問なところではあります。

 

 

ただ”ヘビ”といえば、他にも思い出せるおもしろエピソードが意外と多くあるのに対して、

今年の目標はすぐ忘れるものです。

 

 

ふと考えたのですが”目標”というもの自体を

“エピソードに絡(から)める”と

意外と忘れないでイケるかもしれない。

というわけで今年の目標が今決まりました。

 

 

目標は、

『目標自体をエピソードに絡める(ヘビだけに)』

に決定です。ハイッ!!!

もう今ブログ書いてて

「ちょっと何言ってるかわからん」って自分にツッコミしてます。(寝起きでブログ書くとこうなります)

 

 

貴方はもう今年の目標を決められましたでしょうか?

 

 

2025年も初心を忘れずに

“たのしくなること、うつくしくなること。”

を目指して日々精進して参ります。

 

 

それでは良い一年になりますように。

2025年、元日の西宮にて。

 

 

(今年初の画像はまだ撮ってないので、

後ほどココに貼り付けます)